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TERUMO STORY エピソードで綴るテルモの歴史 SINCE1921

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テルモ創業の志と北里柴三郎博士

テルモ創業の志───設立趣意書

下町の小さな工場から始まったテルモの歴史

テルモは大正10年(1921)に体温計を製造する小さな町工場として設立されました。当時の会社名は「赤線検温器株式会社」。東京市下谷区、現在の台東区御徒町で産声を上げました。設立趣意書からは、創業の想いが伝わってきます。

設立趣意書 設立趣意書 設立趣意書 設立趣意書
北里博士はテルモ創設発起人の一人となった。[クリックして拡大]

 

設立趣意書(現代語訳・抜粋)

第一次世界大戦後の世界情勢はすでに一変し、強大な国々は整理および改造の時代に入り、国力の回復、発展に尽力しており、平和的な競争が日に日に激しくなっております。

私たちが創立しようとする事業は、各種の検温器、寒暖計、理化学用計器類の製造および販売でありますが、その事業は、いままで何人も提唱したことがない特殊なものに属しており、ただ平和的営利事業というだけでなく「国民の保健は衛生思想の普及」にかかっており、「国民の健康が国家安定の基礎」であるという見地からすれば、これは国家的な工業ということができます。

思うに近ごろは衛生思想の発達や普及にともない国内における検温器の需要が急増し、また従来から先進国として供給を頼ってきた欧米諸国においても需要が増加しており、その需給バランスがくずれた結果、逆にわが国からの輸入を求める事態に至り、このことから将来は海外への輸出がますます増大するのは必然的であり、したがって本事業の前途は洋々として、その収益が極めて大きく、また継続性が見込めることは、いうまでもありません。

従来わが国の医家が主に使用する外国製検温器は、ドイツ製ビック、英国製ジール、米国製ジョンソン等であり、その示度の正確さと、感度の速さにおいては非難すべき欠点はありませんが、水銀示度の読み取りが困難で、振り下げも容易でないという二点において大きな欠陥があり、これは常に臨床医の最も遺憾とするところですが、以前、この種の工業に天才的な技術を持つ竹内英二氏はすでに五年間の長きにわたり、この二大欠点の取り除きに没頭し、幾多の犠牲をはらい、非常な苦労で検討を重ねた結果、ついに色つき検温器を発明し、わが国で並ぶものの無い精巧品であるばかりか、海外においても比類ない優良品として各方面の有力者から、愛用されるようになっております。

このことから私たちは、竹内氏の研究を深める助けをし、この国家的工業の進歩発達に役立てるため、その工業権ならびに営業権および工場すべてを譲り受け、豊富な資金によって内容の充実を図り、大正十年一月より実施された、度量衡検定法の拡張により新たに適用の範囲に加えられた検温器検定に関する下調査のため臨場された政府当局から模範的工場であると推奨を受け、ますますの発展と努力を激励された主旨に添い、内外から殺到する需要に応じ優良品の製造供給により国民保健の一助とし、かつ国家経済上の実益を挙げることを期するものとします。

要するに本企業は前途ますます需要の拡大が見込める特殊工業であり、将来増資発展の運命を持つ有望事業でありますので、皆様が私たちの志を了解し、ご賛同いただけますよう、心からお願いいたします。

大正十年五月

発起人総代
笹川 三男三
金杉 英五郎
竹内 英二
樫村 正五
賛成人
北里柴三郎

他二十六名(氏名略)

他二十六名(氏名略)

 

 

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